福岡高等裁判所 平成5年(う)145号 判決 1993年8月03日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人佐藤哲郎提出の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用するが、所論は、要するに、被告人を懲役一五年に処した原判決の量刑は、不当に重い、というのである。
そこで原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討すると、本件において量刑上考慮すべき事項として原判決が「量刑の理由」の項で説示しているところは全て正当として是認することができる。
すなわち、本件は、被告人が、路上で見かけた女子中学生(当時一二歳)の後をつけて、同女を所携のナイフで脅迫して高層マンション一四階の階段踊り場まで連行し、同所でわいせつな行為に及んだ末、警察に通報されることを恐れ、とっさに同女を殺害することを決意し、同所から手摺越しに地上に投げ落として死亡させたという事案であるところ、被告人は、先に東京において、親密な交際をしていた女子中学生が被告人との交際を嫌い始めたとしてこれを殺害し、同女への罪の償いとして自殺を考えたものの、妻子の行く末を見届けてその生活の場を確保するため、これを伴い郷里である長崎に帰り、一応妻子の落ち着き先の目処も立って多少気持ちも楽になった一方で、後は自殺するだけだなどと自暴自棄的な思いに浸っているうちに、どうせ死ぬのならばまた少女にわいせつな行為をしようと考えて、自己の欲望の赴くまま、本件犯行に及んだものであって、その動機は、まことに自己中心的であり何ら酌量すべき点はなく、約三六メートルの高所から被害者を投げ落として殺害するという犯行の態様も極めて残忍で悪質なものであること、被害者は中学校に入学したばかりの一二歳の少女で、何らの落ち度もないのに辱めを受けたうえに無残にも若い命を奪われたものでその無念さは計り知れないものがあり、また、被害者の両親は、我が子を失って精神的衝撃を受けたばかりでなく、当初本件が自殺と考えられたために、被告人が逮捕されるまでの約半年の間、我が子を自殺させてしまったという自責の念にかられ、懊悩の日々を送ったもので、その心情は察するに余りあること、しかるになんら慰謝の方法がとられていないこと、本件犯行は、付近住民をも深刻な恐怖に陥れたもので、その社会的影響も極めて大きいこと、加えて、被告人はこれまでに強盗致傷罪などにより三回懲役刑に処せられた前科があること、被告人は定職にも就かず、妻がキャバレーで働いて得た収入で生活していたものでその生活態度も芳しいものとはいえないことなどを総合すると、被告人の刑事責任は極めて重いものというべきである。
一方、被告人は、反省の情を示していること、本件は、被告人から捜査機関宛てに犯行を記載した手紙が送付されたことが契機となって発覚したもので自首に該当することなどの有利な情状を十分に考慮しても、本件犯行の態様に照らし、自首減軽を相当とする事案ということは到底できず、被告人を懲役一五年に処した原判決の量刑は相当であって、決して重いものではない。
なお、被告人は原判決の刑が軽すぎる旨主張しているが、被告人自身が原判決の量刑が軽すぎることを理由として控訴することは許されないから、採用の限りではない。
よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用については、同法一八一条一項但書を適用して、被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官金澤英一 裁判官川﨑貞夫 裁判官長谷川憲一)